大腸癌から転移性肝臓癌

守屋泰彦さん
多摩ウィンドフィル
99/03/09(火)
はじめての人間ドックを会社で受診した。会社では35歳時、そして40歳以降は毎年人間ドックを受診するらしい。
内科医との問診では、昨年、脾臓に異常があったので、念のため超音波検査をすることになった。

99/03/下旬
人間ドックの結果がでた。眼底異常検査、便潜血反応があったらしい。
脾臓については、昨年の健康診断の胃部レントゲンで異常を発見し、嚢胞(のうほう)という水が溜まった状態にあるということなので、その後の結果を確認するために、超音波検査をすることにした。
昨年の6月に会社の健康診断で生まれて初めて、胃部のレントゲン撮影を行った。検査を行った理由は、ただ興味本位であった。全然、体調は悪くなかったので、人が受診している検査を受けてみたかっただけである。しかし、結果はビックリするものであった。
約1ヵ月後、会社の健康管理室から胃部のレントゲン撮影で“影”が見つかったのでかかりつけの医師の受診し、相談しなさいとのことであった。このため、勤務先に近い病院に検査結果をもって受診すると、「これだけではわかりませんので、とりあえず、膵臓が悪いということでいろいろと検査をしましょう!」ということになった。早速、腹部CT、腹部MRIそして超音波検査を行い、脾臓に異常があることが発見されたが、自覚症状はなく、異常な形状ではないため良性の腫瘍もしくは嚢胞(のうほう)であると診察された。

99/05/13(木)
便潜血反応のために、注腸検査を受けた。前日は、専用の食事をとり、就寝前には下剤を飲み、朝は、寝室とトイレを往復であった。検査は肛門からバリウムを注入し、レントゲンを撮るものであった。注入にしたがって、腸が膨らみ、なんとも言えない不快感があった。
しばらくすると、検査の結果がまとまり、結果を聞いた。なんと、大腸に数ミリのポリープがあるとのこと。
この程度ならば、内視鏡で切除できるとのことなので、早速、外科担当の医師と相談し、検査日を決め、簡単な問診と採血を行った。

99/06/24(木)
検査はもちろん嫌であるが、なんと言っても、検査と検査の長い期間が不安な気持ちを増大させてしまう。
前回の注腸検査から約1ヶ月も待たされることになってしまった。
とうとう自分の番になった。看護婦さんに案内され、検査用のベットには横向きに寝かされ、肛門より検査用のファイバーが挿入された。空気を送り込みながら、腸の洗浄も同時に行い、奥へ奥へと進んでいく。この空気のために、次第に腹部が苦しくなり、圧迫され、ガスが溜まった状態となった。目的の一番奥、上行結腸付近にファイバーが到着すると、体の向きをあお向けにかえられ、ファイバーの先端に取り付けられたカメラを通じて、自分の大腸内部を、モニタのカメラで見れるようになった。最初のうちは、見たくもないと思ったが、見慣れてくると冷静になるものである。「これがポリープか!思ったよりでかいな!」。これがまず最初に思ったことである。注腸検査の診断では、数ミリと聞いていたが、大腸の内壁を塞ぐような立派な大きさであった。
その後、1分もしないうちに、ファイバーが抜かれ、体が楽になった。その時はあっと言うまの処置であり、これで完治した!と思っていたが、しばらくして、廊下で結果報告を待っているとドクターから説明があった。「このポリープは約5cmあり、内視鏡では切除することはできませんでした。内視鏡で切除できるのは2cmまでです。外科手術が必要ですので、再度、外科担当の医師に相談してください」とのこと。なんだか、他人事のような言い方に不安を覚え、後日、担当医師に相談することにし病院を後にした。

99/06/28(月)告知
朝一番で担当医の診断を受ける。本当ならば、検査結果のでる、金曜日に受診しようと思っていたが、待ちきれなくなって、予約無しで診察を申し入れた。
前週に撮影した内視鏡の結果を見ながら、「まだ、組織の検査結果は出ていませんが、これはあきらかに癌です。大腸癌です。」と説明を受ける。やっぱりな!と思いながら冷静に説明を聞き続ける。
入院期間などについて聞くと、「検査期間を含めて、退院まで1ヶ月は必要です。退院後は、通院して抗癌剤の投与が必要です。ただ、どこの病院でも、入院するには 1ヶ月は待たされます。」
入院するまでに1ヶ月かかる?そんなにのんびりしていいの?と、思い、聞いてみると。「この程度であれば1ヶ月で状況がかわることはないでしょう。術後はこの病院で、その後の治療を受けることもできます。
乳癌では再発の危険性を考えて8年間は様子を見なくてはなりませんが、大腸癌ではそんなに長期になることはありません。ご家族とよく相談をして病院を決めてください。」
組織検査の結果がでる木曜日に、再び来ることにして病院を後にした。
ところで、世間では癌の告知についてマスコミでも取り上げており、自分での認識では、本人に告げる前に、必ず家族に知らせるものであると思っていた。しかし、今回の場合は、なんの前触れも無く直接本人への告知である。今、考えると・・・・・なんとこ複雑な心境である。

99/06/29(火)初めての診察
朝6時に起床した。いつもより1時間も早い。多忙な教授に診断してもらうため、約束の時間に遅れることはできない。当然、他の患者もいることなので、時間通りに診てもらえるとも限らない。
人間ドックでの診断結果を口頭で報告し、まだ、組織検査の結果が出ていない旨も伝えた。「わかならいことはなんでも聞いてください!」という、温かい言葉が印象的で、「ご主人はまだ若いし体力もありそうだ
から大丈夫ですよ」と、安心する言葉をかけて頂いた。「できるだけ、早く入院して、治療しましょう!」と、いうことになり、診断後、いくつかの検査を受けるように言われた。
検査後、入退院受付けの窓口で、入院の申し込みをした。

99/07/1(木)入院日
指定された時間、ちょうどに窓口に到着し、手続きをすませ、指定の病棟にむかった。
私を治療してくれる医師は5人。この先生方が病棟専属の医師として、普段の健康チェックと簡単な治療を行ってくれる。そして、手術の執刀は、この病院で最初に診断してくれた教授が担当することになっている。

99/07/13(火)手術当日
6時前には目が覚め、気持ちを落ち着かせるために、いつも見ているテレビ番組を見ることにした。いちおう、見てはいるのだが、なにも頭にははいらない。手術のことは考えないようにするのだが、どうしても勝手にいろいろと想像してしまう。
シャワーキャップのようなものを頭にかぶり、9時前には手術用の移動ベットに横になって病室を出発した。
この時、エレベータに乗るまでは記憶があるが、その後の記憶が無い。気がつくと、病室であった。
手術は予定の3時間を大幅にこえる6時間であった。

99/07/14(水)術後一日目
時間は憶えていないが、看護婦におこされて目を覚ます。手元にあるテレビのリモコンでテレビをつけ、見始める。少し体を動かすだけで冷や汗がでる。麻酔のために傷の痛みはそれほどはないが、予想以上の辛さと、不自由さである。
しばらくすると、執刀医が病室を訪れ、ガンの様子について話してくださった。ガンは、大腸の外には出ていないため、他の部分への転移の心配はないらしい。処置が早かったのが幸いしたらしい。詳しくは、組織検査を待ってくださいとのこと。

99/07/19(月)手術後六日目
消灯後、ベットに横になっていると、病棟の医師と初めてお会いするベテラン医師が病室を訪ね、患部の組織検査の結果を報告しにきてくれた。
グレードは2、転移の可能性は3割、この1年は大腸への転移の可能性はないので、肝臓や肺への転移を心配すればいい。退院後は抗癌剤を投与するが、効果が出る可能性は3割程度。しかも、それが効いたかどうかはわからないらしい。投与方法については神奈川県内の大学病院で、試行している分量と方法があるので、それを試してみたい。したがって、承認書にサインして欲しいとのこと。説明の内容はわかったが、転移の可能性が3割というのは低いのか高いのかわからず、不安な気持ちとなった。

99/07/23(金)手術後十日目
いよいよ最後の病院ライフである。午後、レントゲン撮影があったが、それ以外はテレビを見て時間を過ごした。

99/07/24(土)退院日
いよいよ退院である。この日になるともう回診もない。家族の到着が待ちきれずに、荷造りをはじめる。
やはり、手術の時に相当、出血しているためにフラフラするが気分は晴れ晴れである。
自宅療養は実家で過ごすことにした。川崎の自宅に一人でいるとなにをしでかすかわからず、とんでもない物を食べてしまう恐れが家族にはあるらしい。このため、しばらくは、両親の監視下に置かれることになった。

11/26(金) 久しぶりの血液検査
この日の外来では久しぶりに血液検査を受けるように、主治医から指示がでた。検査結果にはなんの不安や疑いは感じず、薬の処方箋だけを受け取る外来に飽きていたので、正直、うれしかった。

12/6(月) 腫瘍マーカ上昇!
この日、医師より「タバコを吸っていますか?」と、唐突に質問を受けた。タバコは 7月の入院の時にやめたのでその旨を伝えた。いつになく、医師の表情が固く、声の調子も暗かった。医師の説明では、腫瘍マーカ(CEA)が前回の検査(11/26)で上昇が見受けられるとのこと。ただ、この腫瘍マーカ(CEA)は喫煙や飲酒などで上昇するので、次回の外来の時に、もう一度、血液検査をすることになった。1、2週間で、腫瘍マーカ (CEA)に変化はないそうなので、次回の外来ということになった。

1/14(金) 転移発見
昨日の主治医の指示通りに、まず、超音波検査を受ける。検査官はなにも言わず、検査結果と画像データを渡す。その後、主治医の診察を受けると、「肝臓に2cm程度の腫瘍がありますね。
切除後、薬を注入して根絶しましょう」と、右わき腹を切る仕草をしながら、いつもの明るい調子で話してくれた。「私の先生で、大腸癌の後、肝臓に4個所転移された方の治療を行いましたが、無事、治療は成功していますから大丈夫ですよ。2/3にCT検査の予定を入れるので入院はその前後と思ってください。」この後、入院予約の手続きを行い、会社に出社した。

2/10(木) 手術日仮決定
朝の回診で手術日が来週16日(水)か15日(火)となったことを告げられた。病巣も肝臓に1個所だけと診断され、「肺や腹膜、そして膵臓などへの転移があったらどうしようか!」と、毎日不安な日々を過ごしていたが、これで一安心できた。早速、両親にTELで連絡する。しかし、ひどい脂肪肝であり、寿命を縮めていると脅かされた。検査はしばらくないそうなので、午後からいったん外出し、自宅に戻ることにした。

2/15(火) 手術日
二回目の手術ということで、前日は普段通りに寝られ、朝から採血と荷物の整理をする。手術後はICUに一晩、その後、個室に数日移動するとのことである。
注射によって、頭がボーっとしてくる。前回の手術の時は、移動中のエレベータの中で意識が無くなったが、今回は意識はハッキリしていた。恐いために眠りたい気持ちと、手術室の様子を見てみたい気持ちが交錯していた。
私の最後に残った記憶では、コンクリートに囲まれた部屋であり、TVで見るような明るい部屋ではなかった。
ここで、背中に下腹部用の局所麻酔がうたれ、「息を吸い込んでください!」という言葉を最後に眠ってしまった(らしい)。

2/16(水) ICUから一般病棟へ
午前中にICUから一般病棟の個室に移る。左腕に2種類の点滴と、尿管が挿入されているために、ベットから降りることはできない。このため、荷物の整理はは見舞いに来ていた両親に任せてしまった。もう少し回復すれば、すぐに大部屋に移動するらしいので、必要な物だけを身の回りに出してもらうようにした。個室は前回の手術の時に入っていた部屋と同じ構造でゆったりできる作りとなっている。
午前中に執刀医が病室を訪れ、病後の経過は問題無いと説明があった。家族から、「胆のうもいっしょにとったみたい」と言われ、一瞬、「なにそれ?」と、思ったが、医師の適切な判断であろうと思い納得した。
しばらくして、病棟担当の医師が回診で病室を訪れたので、その説明を聞いた。「今後、直接肝臓への抗癌剤の点滴を行いますが、炎症の恐れがあるので胆嚢を切除しました。患者さんの年齢では不要の臓器なので心配はありません」 (人間の体って不思議だね)。

2/25(金) 術後十日目 退院!
この日の午前中は忙しかった。自分で荷物をまとめながら、両親が来るのを待つ。必要の無い物は事前に持って返ってもらっていたが、それでも大荷物である。入院費の清算を済ませ、看護婦や病棟担当の医師に挨拶をする。この時のみなさんの明るい笑顔は忘れることは出来ない。きっと、このうれしい別れを励みに毎日の忙し治療や看護にがんばっているのだろうと思った。
今回の自宅療養も実家で生活することになった。