「子宮頚ガン」体験記

鈴木なちさん
たどりついたらいつも雨降り
病気発見に至るまで
産婦人科に通ってすでに8年が経過。
20歳そこそこの私はクラミジア、カンジタ、トリコモナスと次々に感染。”若さゆえ”で治療もいいかげんに考えていたので薬さえもらえばもういいや的に通院してのです。
度重なる不正出血、月経過多、性交時痛、不妊の恐怖に恐れることなく「せっかくの休みに病院で半日無駄に過ごすより遊びたい!」だったのです。
結婚し妊娠がわかり久々に産婦人科を訪れた時は医師に「いつでも治療をキチンとしていない!これじゃあ子宮外妊娠かもしれないよ!!」とかなりキツク言われすごくショックでした。
実際内科でも治療中で妊娠については医師の許可が必要だったのでそちらからも叱られ「自分勝手に妊娠した妊婦」という扱いでした。

妊婦の子宮がん検診があるのはご存知でしょうか!?
妊娠5ヶ月頃に細胞診を行うのです。
その結果3aであることがわかったのです。
妊娠中は細胞診だけで経過を追っていき、出産後3ヶ月毎の定期検診では毎回結果は3aで毎回再検査。
出産後1年経ち帝王切開だったため受診したときの検査で3bとなりまたもや再検査。
前回行った組織診がかなり痛かったので今回は断固拒否!「カルテもぶ厚くなってボロボロ」「3ヶ月毎の検査で毎回再検査。」
「病院から家まで1時間、通うのが大変」などという非医学的な理由で円錐切除をすることを決定したのです。
看護婦さんには「あんたが検査嫌がるからもっと大変なことになっちゃったじゃないの(笑)」なんて言われたけど麻酔無しでパツンパツンと組織をとられるより麻酔して切っちゃいたいという思いでした。
赤ちゃん同伴で1時間かけての通院は大変なんですよ!!

円錐切除術体験記(1)

1日目 入院
朝九時半までに婦人科病棟に行く。
この病院の産婦人科への入院は7回目(たぶん)なので事前に入院準備など案内がなかったが準備万端。
私だから大丈夫だけどはじめて手術・入院する人だったら不安なんだろうなぁと思う。
採血・抗生剤の皮下テスト・尿検査をする。
同室は同じ苗字の妊婦さん。切迫早産で三ヶ月も入院しているという。
私も妊娠中よく入院したが切迫早産での入院だけはしたくないと思っていた。
入院中ずっと点滴はつけっぱなし、洗面、入浴も制限されベッドの上だけで数ヶ月も過ごす事になる。「もういつ生まれてもいいですよ」という時までは家に帰れない人もめずらしくない。出産準備もひとまかせにするしかないのである。
子宮を一部切除するとはいえ私のほうがぜんぜん楽だなぁと思えた。

2日目 
Drの回診で便秘がひどいと言われる。以前から下腹部が痛いのは子宮のせいだと思っていたけど実は便が詰まっていたために下腹部全体に広がるような痛みになるらしい。
そういえば生理になると便通が良くなるので痛みは解消されていた。
私の場合排卵日あたりから便が固くなり生理が来ると解消されるというパターン。
おかげでこの後毎日浣腸するはめになった。
午後になり浣腸と自己血を採る。
自己血というのは手術で輸血が必要になった場合に自分の血液を輸血するためのものである。
帝王切開のときでさえ輸血はしていないので(緊急手術になった為自己血は採っていなかったが)今回の手術では輸血することもないと思いDrに「輸血が必要じゃなかった場合私の血はどうなるんですか?」と尋ねてみた。本当はどうなろうがかまわないのだけど・・・。
答えは「責任もってお返しします」とのこと。術後に点滴に混ぜて返してもらえるそうだ。

3日目
朝からフィッシュバーグの検査。朝起きてから3回、1時間おきに尿を提出する。
これが終わるまでは飲食禁止。
麻酔科を受診。腰椎麻酔の説明を受ける。
ここの病院は冗談の通じるDrが多いので楽しい。
腹式の手術の腰椎麻酔は横になり体を丸めて麻酔を打つが今回は膣式なので手術台の上に座り足をおろした状態で麻酔薬を入れる。
これは無痛分娩にも行われている「サドル麻酔」というものだ。
簡単に説明すると座った状態で麻酔薬を注入すれば薬は下へさがり会陰などの神経があるあたりに作用するのだそう。麻酔の範囲が狭ければ体の回復も早い。
なにより手術中意識があることが嬉しい。
「意識があるなら切った肉が見たい!!」と申し出てみるが「そんなの見ても面白くない」と却下。
ダンナや家族には見せるのになんで本人は見れないのだろう。
午後Drからの手術についての説明がある。
手術時間は出血の具合でかわってくる。出血が少なければ5分〜10分で済むそうだ。
出血が多い場合は止血に時間がかかるらしい、それでも30分位だそうだ。
これから外泊できるということもありそこそこに聞いてしまったのであまり詳しいことは覚えていない。
Drとの話が終わるとお見舞いに来てくれていた友達とゲームセンターへ。
普段はいつでもどこでも子連れだからいい機会だと思い遊んでから帰宅。

円錐切除術体験記(2)

4日目 手術前日
夕方4時半に病院に戻る。
夜からは飲食禁止(喫煙も禁止)になるので今のうちに貯め食い貯め吸いをしておく。
手術前日は意外とやることがない。
とにかく体調を整え早く寝ることだ。

5日目 手術当日
Drが外来へ行く前に様子を見に来た。
なんども入院しているので知っているが私の担当のDrは変わったことがあると必ず様子を見に来てくれる。
手術室の看護婦さんの訪問、薬剤部の人から手術中とその後の使う薬の説明。浣腸。
麻酔の為の事前の注射(安定剤みたいなもの)をして、あれよあれよとストレッチャーの上。剃毛はなし。導尿は手術後だそうだ。
早速麻酔に取り掛かる。手術台に座り足を下ろし体を丸める。
まず腰椎麻酔を行う上下2ヶ所に麻酔をうつ。背後なので確認はできないが針はすごく細いという感覚で私は針治療のようで気持ちがいい。
そして腰椎麻酔。これが結構時間がかかり体制をたもつのが大変だ。
麻酔もおわり手術台へ自力で寝転がると口の上に湿らしたガーゼを乗せてくれた。
「それじゃーはじめますねー」と消毒液をぬられる。
感覚が残っているので不思議な感じ。
しばらくおとなしくしていると「痛い!」「お腹がいた〜い!!」。
「子宮を見えるとこまで引っ張ってるから、もう切ってるからすぐ終わるよ」って言ったってまさしく臓器を引っ張られ突っ張るようなお腹の痛み。
時間にして5分足らずだったと思われるが私には当然長く感じられた。
そして今度は太ももにしびれる感覚が・・・。しかも焦げ臭い。
「肉焼いてるの?」と聞くと「そうもう止血してるから終わり」。
私が死んで火葬したらこんな匂いがするのだろうか!?
そこで薬を注射され眠らされてしまう。(残念!)ダンナの話によると手術室に入ってから40分位で私は病室へ行ったそうだ。

ダンナは執刀医の医師より手術中の説明と切除した物(私のよ!)をみせられる。
感想は「綺麗だった。」というダンナ。ダンナは実父の摘出した末期がんの胃を見せられた経験があり、そのときの物と比べると私の子宮の切除部位は数段綺麗なのだと言う。
なんの根拠もないがその言葉は私をホッとさせたのである。

病室に帰った私は次の日の昼まで爆睡させていただきました(笑)

円錐切除体験記(3)

6日目  手術翌日
この日のことはほとんど記憶に無い。
麻酔が良く効いていたのか日頃の睡眠不足のせいか夕方まではほとんど寝ていた。
時々看護婦さんがナプキンの交換と点滴を替えに来た時に数秒目が覚めただけだった。
気になる私の輸血用の自己血もこの間に点滴に混ぜて返されていた。
全身麻酔の時とは違い血圧計やモニターもとっとと外されていたので快適だった。
導尿を嫌がる人も多いと思うが私は好きだ。
寝たままでいられることに小さな幸せさえ感じていたのだった。
ところが夕方、導尿も外されてしまったのである。(残念)
それだけこの手術後の回復は早いということだろう。
帝王切開のときは3日目位だったか・・・・その後もポータブルを使用。
今回は手術翌日からトイレまで歩かされた。
まぁしょうがない・・・どこも痛くも痒くもないんだから。
初トイレで気になるのは出血の量。
私は、まったく出血していなかったがこれは個人差があるようなので参考までに・・・ということで。

7日目
なんで私は入院してるの?というぐらい体調がいい。
「ガス」もでて、朝にほうじ茶、昼に重湯、夜には3分粥。
喫煙も無理やりOKしてもらった。ただし他は階段不可。
出血の有無も聞かれたが一切無し。順調、順調。
ただガスがでたわりにはまったく腸が動いてないらしい。
明日からは浣腸が日課になった。

8〜10日目
手術後の経過が大変良好だそうで退院しても大丈夫だということ。
ところが娘が退院しなければ同じ事。退院の許可と同時に小児科病棟で24時間の付き添いになってしまう。
それでは負担も大きいので一緒に退院ということになった。
退院までは浣腸と朝の回診以外はなんの予定も無く小児科病棟で過ごす。
といっても私の個室の前なんだけど。
とにかく今回は病棟の方々にとってもお世話になり、またとっても親切にして頂きました。
ありがとうございました。